2010年08月04日

「秋葉原無差別殺傷事件」第20回公判

「秋葉原無差別殺傷事件」
加藤智大被告 
東京地裁第20回公判 証拠調べ

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〈 証拠調べ 〉
(産経ニュース記事編集)

◆「いま思えば、呆然としていたのかも」 取り調べ当初の思いは…
弁護人「本日調べていただく弁護側の証拠は18点です。いずれも捜査段階における加藤さんの供述調書について、弁護人が作成した供述調書です」

これらは、加藤被告が検察官や警察官から取り調べを受けた直後に、弁護人が加藤被告から聞き取った内容をまとめたものだ。

「私は現在6月8日に秋葉原の路上でKさんという人をナイフで刺した殺人未遂と、ナイフを所持していた容疑で、万世橋警察署に身体拘束されています。

トラックで交差点に進入した後、逮捕されるまでの記憶ははっきりしません。ドーン、ガチャという音と、フロントガラスが割れる感じが見えました。しかし、やってしまったという思いや、目的を遂げたという思いはなかったです。いま思えば、呆然(ぼうぜん)としていたのかもしれません。

どのくらいスピードが出ていたか分かりません。トラックをどこに止めたのかも分かりません。ナイフをどのように持って、どのように使ったのかも覚えていません。

たぶん、最初に刺したのは、白っぽい人だったと思います。しかし男性か女性かも覚えていません。交差点に背を向けた青い服を着た人は覚えています。逮捕後、刺された方の中に警察官がいたと聞き、その青い服を着た人が警察官ではないかと思いましたが、当時は分かっていませんでした。

ほかに白っぽい人を刺した記憶はあります。でも男性か女性かも覚えていません。何人くらい刺したのかも覚えていません。映像として記憶しているのは3人だけです。

私は6月10日に検察官から取り調べを受け、ビデオで撮影されました。私は人を刺したことをよく覚えていないと話そうとしました。しかし、検察官から遮られ、話させてもらうことができませんでした。

私は6月14日に検察官の取り調べを受けました。このときも検察官に、人を刺したときのことについて、はっきり覚えていないと話しました。しかし、検察官は『近くで見ていたのだから覚えていないわけがないだろう。思いだせ』と何度も言ってきました。また私が話の中で、『「〜と思います』というと、『〜と思います』じゃないだろう。『〜です』だろうと、断定で話すよう強要してきました。

私は6月16日、検察官から取り調べを受けました。警察官らしい人を刺した後、数人の人を刺したという調書を作成されました。しかし、これは記憶にないことです。今回の事件でたくさんの人が刺されたことは、客観的状況から私がやったことで間違いないです。しかし、人を刺したことと人数は、はっきりした記憶がないので、訂正を求めました。しかし、検察官はまったく訂正に応じてくれませんでした。

何かにつけて『殺すつもりで』と調書に書かれましたが、私は当時、何も考えていなかったので、何度も訂正を求めても、記憶と異なる供述調書に署名させられました。

◆「被告の記憶にない部分を調書にしたことない」正当性主張する検察官
弁護人「検察官は(調書の)どうでもいいところは訂正してくれますが、(重要な部分については)私がいくら『違う』『覚えていない』といっても訂正してくれません。いくら訂正を求めても無駄だと思い、あきらめてしまいました。

取り調べの状況を録画されました。検察官から『(調書で、供述内容と)違うところは訂正されましたよね』と言われました。私は、ずっと取り調べを受けていた検察官に遠慮してしまう気持ちがあり、言い出せず、ちょっと首をかしげただけでした。

検察官に『取り調べに不満がないか』と聞かれ、『不満はない』と答えました。調書の内容が(自分の申告通りに)訂正されないことに、以前から抵抗がありましたが、言い出せず、首をかしげただけでした。訂正されても、表現が変わっただけで内容が変わらないことが不満でした」

弁護側の説明が終了。

裁判長「昨日、証拠意見書が提出されています。内容としては、従前の主張と同じということでしょうか」
弁護人「はい。そこに被告人質問で出た内容を若干加えています」

村山裁判長は、検察官にも意見を求めた。
 
検察官「弁護人は任意性がないと主張していますが、複数の検察官調書の末尾には、被告の申し立てに基づいて録取された内容が記載されており、検察官が訂正に応じたことが分かります。また、被告は『検察官がどうでもいいところだけ訂正し、重要な部分は訂正に応じなかった』としています。しかし、平成20年6月10日付調書は、殺人罪の枢要である殺意の有無の部分についても訂正しています。被告が『記憶の大部分が欠落している』としている点についても、調書上はそのまま録取されています。検察官が被告の記憶にない部分を調書にしたことはありません。

4回にわたって実施された録音・録画では、面前口述の際にも検察官が被告の訂正申し立てを受けていることが認められます。また、逮捕翌日の平成20年6月9日以降、被告はほぼ連日、弁護人の接見を受け、アドバイスを受けられる状態にありました。20年10月9日の最後の取り調べでは、検察官に『よく話を聞いてもらいましたし』と感謝の念に近いことを述べています」

(調書の)任意性に疑いを差し挟む余地はなく、刑事訴訟法に基づき、取り調べを請求するものであります」
弁護人「被告が訂正を求めた6月10日の調書の枢要部分について、検察官が訂正に応じたとありますが…。(訂正後の内容は)『何が何でも殺してやろうと思っていたわけではない。もちろん、死んでもかまわないと思った』という、未必の故意を認定したものでした。
また、録音・録画された取り調べでは、被告が自分から積極的に『訂正してほしい』と言ったわけではなく、訂正内容も検察官が決めています」

◆「母は私を作品のように扱った」採用決定で読み上げられる調書
村山裁判長は加藤被告の精神鑑定に関する供述調書について、証拠として採用することを告げ、検察官に朗読するよう指示した。

検察官「私は××先生(法廷では実名)に(平成20年)10月6日まで精神鑑定をしてもらいました。7月8日が最初で、最後は10月1日でした。××先生が1人で面接することもあれば、△△先生(法廷では実名)と2人で面接することもありました。十何回面接してもらいました。
私の方でもよく話を聞いてもらえるのがうれしくて、記憶にあることを正直に話しました。××先生と△△先生は優しく、よく話を聞いてくれました。

不満を感じることはありません。感謝と言うとおおげさですが、全く(感謝の気持ちが)ないわけではありません。自分の記憶にあることを正直に話したつもりです」

続いて、審理は弁護側が「必要なし」とした2つの供述調書の採否に移った。加藤被告の生い立ちに関する調書と、犯行時に所持していた凶器に関する調書のようだ。村山裁判長は検察官に意見を求めた。

検察官は加藤被告の母親に対する気持ちや、ナイフの殺傷能力の認識に関し、法廷での供述が取り調べの調書と異なっていると主張。一方、弁護人は調書の内容が事件とは直接関係なく、また、法廷での被告人質問で十分だと主張した。

裁判長「結論として、乙号証(被告人の供述調書)を証拠採用します。任意性が争われていましたが、任意性に疑いなしと当裁判所は判断しました。
また、必要性についても、事件に直接関する事実の立証だけでなく、経緯や動機も問題になりうると判断をしました。以上が合議の結果です」
弁護人「異議を申し立てます。事件の調書は被告の迎合的な性格や、あいまいな記憶による捜査官の作文であることを否定できない。証拠解釈を誤る恐れがあります」
裁判長「検察官のご意見は」
検察官「異議には理由がない」
裁判長「異議に理由がないと認めます」

村山裁判長は検察官に調書を読み上げるよう告げる。

検察官「被告人の経歴についてです」

加藤被告は青森県五所川原市で生まれ、青森市内に移り住んだ。前科前歴はなく、仙台市内で2段階右折をしなかったとして交通違反の切符を切られたことがあるという。

平成7年に青森市内の小学校を、10年に同市内の中学校を卒業し、県立青森高校に入学。13年に青森高校を卒業後、中日本自動車短期大学に進学した。

検察官「中学での成績はトップクラスでクラスで1、2番でした。進学校の青森高校に入学したあとの最初のテストに失敗し、母にさんざん怒られました。母への当てつけでわざと勉強しなくなりました。
ただ、勉強ができないのではなく、勉強をすればできることを見せたかったので、地理だけは勉強をしました。地理はいつもよい成績でした」

加藤被告は短大卒業後、仙台市内の交通警備のアルバイトをし、半年で正社員になった。だが、残業代を支払わなかったので退職した。

加藤被告は17年4月に派遣会社に登録し、埼玉県内の工場で派遣社員として働いていた。だが、先輩とのつきあいがうまくいかず、また退職した。

18年5月からは茨城県つくば市の工場に派遣社員として勤務。しかし「フォークリフトの免許を取らせるという約束なのに取らせてくれなかった」との理由で3カ月で退職した。

19年1月、青森市内でトラックのアルバイトを3カ月働き、正社員に。しかし「社員になったら仕事がまわってこなくなった」ため、同年9月に退職。「両親に会いたくなかった」ため、約2カ月間、車で寝泊まりする生活をしたという。

加藤被告は19年11月から静岡県の関東自動車工業で派遣社員として勤務。ベルトコンベヤーで運ばれてくる車のボンネットやフレームの塗装検査の仕事をしていた。

検察官「独身で結婚したことはなく、交際している彼女もいません。両親とは1年近く連絡を取っていません。兄弟とも高校卒業後は会っていません。
資産はありません。給料は手取りで19万円。アパートが会社の寮で5万円天引きされ、光熱費が1万3000円天引きされます。

趣味は平塚や富士スピードウェイでレーシングカートを運転することです。たばこは吸いません。酒は缶チューハイを1日1本飲みます。飲むと気持ちが悪くなるのですが、寝付きがよくなるので飲むのです。生卵だけは食べられません。

暴走族や暴力団に入ったことはありません。健康状態は良好です。血液型はO型で、クツのサイズは24・5センチです。目は乱視と近視で右が0・8、左が1・0です。

家族のことで悩んでいました。父は無関心で母任せでした。母は教育熱心で厳しい人でした。私と弟をいい大学にいれようと、小さいころから勉強に厳しくあたりました。

青森高校は行きたくなかったです。車の関係の仕事がしたかったので工業高校に行きたかったのですが、私の希望はまったく聞いてくれませんでした。青森高校に進学する道しか与えられませんでした。小学校のときに大工になりたいと思ったこともありましたが、母はまったく相手にしてくれませんでした。

母は私のことを作品のように扱っていました。母は他人に(私のことを)自分のことのように自慢し、満足しようとしていました」

◆「体格や足の長さにもコンプレックス」顔写真のメールに返信なく
加藤被告は両親との関係がよくなかったことなどから、早く彼女を見つけたいとの思いが強くなっていったという。

検察官「女友達はおらず、結婚相手をネット上で探したものの、見つかりませんでした。被告はますますひとりぼっちだと疎外感を強めていきました。
彼女ができず、一人で寂しいという思いを正直に掲示板に書きました。しかし、真剣に考え助けようとする人はいませんでした。私の存在が無視されていると感じ、不満でした。

短大のころ友人とトラブルになり、仕返しのために夜、寮に迷彩服を着てエアガンを持って侵入し、襲おうと思ったことがあります。仙台にいたころは、残業代をきちんと払ってもらえず、上ともめたことがあり、事務所にガソリンをまいて火をつけようと考えたことがあります。似た事件を報道で見たことがあり思いつきましたが、これも実行には移しませんでした」

続いての調書では、加藤被告が掲示板を利用する経緯が述べられた。加藤被告は仕事をやめ借金もあり、どう生きていくか不安だったという。

検察官「『生きていても仕方がない』と考える一方で、『死にたくない』という気持ちがありました。『死のうと思う』と友人や母親にメールをしたところ、みんな止めてくれたので自殺するのをやめました。特に出会い系で知り合った女の子が自殺を止めてくれたのがうしれかったです。この人なら私を大事にしてくれるのではと思い、会うことにしました」

加藤被告はこの女性に免許証の顔写真をメールしたが、返信はなかった。自分が“ブサイク”だからだとコンプレックスを抱くようになる。

「自分の身長や体格、足の長さにもコンプレックスがありました。女性と話すのも苦手で、前々からコンプレックスに感じていました。性格はひねくれていると思っていましたし、本心を話せる友人もいませんでした。

平成19年にはインターネットで知り合った群馬の女性の家に泊まりました。夜、寝ている女性に性器を押しつけ、腰を振ってしまいました。女性には『ちゃんと寝るよ』と言われ、それ以上は何もできませんでした。『寂しかったんだね』と言われ、最低なことをしたと思いました」

続いて女性検察官は、静岡県の関東自動車工業に派遣されていた当時の供述を読み上げ始めた。

「この工場での仕事は時間の割に収入がよく、工場の仲間とも仲が良かったです。一緒に秋葉原の歩行者天国に行ったこともあります」

加藤被告は平成20年に入り、ネットで知り合った兵庫の女性と連絡をとるが、すでに女性には彼氏ができていた。女性の存在が『がんばる理由』になっていた加藤被告はショックを受ける。しかし女性がネットの掲示板で彼氏への不満を書き込んでいるのを見つけ、加藤被告は本当の気持ちをメールで伝えた。

「女性からは『気持ちありがとう』という返事がありました。しかし、女性が彼氏との幸せそうな様子を掲示板に書き込んでいるのを見つけ、幸せ自慢をしているのか、俺へのあてつけかと思いました。

静岡県の自動車工場で派遣社員として働いていたころの同僚とはカート遊びや焼き肉に行き、大事な友人でした。ゴールデンウイークに一緒に車で青森に行ったこともあります。
この友人には、女を紹介しろと言ったことがあり、『どうしたんですか』と言われました。いつまでもフラフラしていられないというようなことを言いましたが、この友人に、本気で結婚相手を探そうとしていると思われるのが恥ずかしかったです。早く女性とつきあって幸せな家庭を持ちたいと思いましたが、希望通りにいかず不満でした。

工場はいい職場でした。本当は残りたかったので、どうしようという気持ちになり、ショックでした。クビになると聞いてから、仕事では手抜きをしました。しかし6月になり『残留だってさ』と軽い調子で伝えられ、『へ?』という感じでした。自分がパーツ扱いされているようで、腹立たしく思いました。

本心や悩みを書いても、まともに心配してくれる人はいませんでした。そして6月5日、派遣先の工場でつなぎがなくなるという『事件』が起きたのです」

◆ダガーナイフ購入後、2日続けて風俗店に…その理由は
男性検察官が加藤被告の供述調書を読み上げていく。

検察官「平成20年7月6日の調書で、犯行を決意した状況について書かれています。
平成20年6月5日、いつものように(職場だった)関東自動車工業に行きました。私は一度、クビといわれて、その後にクビはなくなったといわれたことで、私は『まともな扱いをされておらず、パーツにすぎない』と感じていました。この日はいつものように我慢して、工場に行きました。

加藤被告はそこで自分が作業で着るつなぎがなくなっていることに気付く。

「『もう辞めろってか』と思いました。買ってきた缶コーヒーを壁に投げつけて、工場から飛び出しました。寮に帰り着くと、派遣会社の人が先回りしていて『つなぎがあったことを伝えにきた』と言っていました。私は『悪いのはオレですか』と言って部屋に入り、アルコールを飲みました。

加藤被告はつなぎがなくなったことなどを、心のよりどころにしていたインターネットの掲示板に書き込んだという。

「(閲覧者が)慰めてくれたり、アドバイスをくれたりすることを期待していました。工場にも親しい友人はいましたが、戻ることはできませんでした。自分の苦しみ、悩みを相談できるのはスレッドだけでした。しかし、誰もまともなレス(書き込み)をくれませんでした。

ネットの人に無視され、存在が認められていない。社会にとって要らない存在、生きていても仕方ない。オレなんてどうなってもいいと思いました。しかし1人で自殺するという考えは浮かびませんでした。

私のことを無視したネットの人を許せないと怒り、大きな事件を起こすことで存在を認めさせたいと思いました。大きな事件で復讐(ふくしゅう)したいと思いました。普通の殺人事件では新聞に小さく載り、ネットの人に伝わらないと考えました。

このとき、人がたくさんいるところにトラックで突っ込み、ナイフで刺すことを考えました。日曜日の秋葉原でやることを思いつきました。秋葉原には人がたくさんいることを知っていました。20回は遊びに行っていて、日曜日は歩行者天国に人が集まっていることを知っていました。

次の日曜日の6月8日に事件を起こそうと考えました。私は6月5日の日中のうちに事件のことを考え、夜までに決意したのは間違いないです。

加藤被告はこれまでの公判で、この「6月5日に事件を決意」という供述を含め、検察側が主張する動機や犯行を決意した時期について否定する発言を繰り返している。

「事件が良くないことであることも分かっていて、事件を起こしたくない気持ちも持っていました。準備の様子、内心の気持ちをスレッドに書き込み、誰かに止めてほしいと思いました。犯行予告を書くと捕まってしまうので、犯行予告とまではいきませんが、本当の気持ちなどを書きました。しかし誰も止めませんでした。

6月6日朝、ナイフを買うために福井の店(ミリタリーショップ)に行きました。福井の店は持っていた雑誌に載っていました。店ではナイフ6本、特殊警棒1本を買いました。(ナイフ6本のうち)両刃のナイフは事件で使ったものです。

ナイフを持ったときに手が滑るといけないので、黒の手袋を買いました。この手袋は大きすぎたので、(事件当時は)使いませんでした。

(静岡県沼津市の)沼津駅の近くの風俗店でサービスを受けました。ナイフなどを買ったことで、お金をずいぶん使いました。トラックを借りるお金がなかったので、秋葉原でパソコンとゲームを売ってお金を作ろうと考えました。

レンタカー店では借りることがもっともらしく聞こえるように『引っ越しをする』とウソをつきました。8日はタオル、テープ、荷造り用のヒモをコンビニエンスストアで買ってからレンタカー店に行きました。秋葉原で突っ込むために2トントラックを借りました。

レンタカーを予約した7日、風俗店に行きました。6日に行った店と同じ店です。なぜ行きたくなったのかは分かりません。2日続けていった理由は、誰かに相談したかったのかもしれませんが、記憶にはありません。事件のことは話していません。ただ6日の女の子だったと思いますが、福井に行ったこと、ナイフを買ったことは話しました。止めてもらいたいという気持ちがあったのかもしれませんが、よく覚えていません。風俗には1カ月に1回ぐらいで行っていました」

続いて、別の男性検察官が掲示板の書き込みを説明する供述調書を読み上げる。

「『6月5日6時17分 作業場に行ったらつなぎがなかった。やめろってか』。怒りと本心を書きました。

『6月7日16時03分 準備完了だ』。レンタカーを用意したことを書きました。

『(6月7日)20時34分 もっと高揚するかと思ったら意外と冷静』。スレッドに書き、誰かに気付いて止めてもらいたかったです」

◆「父母に謝る気持ちない」一転、「ウソついていた…」  
「事件当日の朝、私は携帯サイトの掲示板にスレッドを立てました。どういうタイトルかは覚えていません。ベージュ色のシャツとズボンにジャケットを着て、メガネをかけました。午前8時に、2トントラックのレンタカーを借りました。

借りるときに怪しまれないよう、『引っ越しをする』とウソを言っていました。実際に借りるときも、荷造りのひもやテープを持っていきました。

トラックで寮に戻り、福井県で買ったナイフを腰のベルトに、折りたたみ式のナイフをジャケットの内ポケットに、右足のくつ下に細いナイフを入れました。残りのナイフをリュックサックに入れて持っていきました。どのナイフを(人を刺すのに)使うかはこのときは決めていませんでした。

その後、友人の部屋に行き、ゲームを5、6本とナイフ1本をあげました。カートの話と東京に行く話をしましたが、事件の話はしませんでした。

昼前に秋葉原に着きました。トイレに行きたかったので、ドン・キホーテの下のパチンコ店のトイレに行きました。歩行者天国が始まる(時間が近い)ことは知っていました。

スレッドの書き込みのタイトルを書き換えようとしていました。犯行予告を書くと捕まるので、(これまでは)はっきりとは書いていませんでした。予告してから事件を起こそうとしましたが、実際には、書き換え完了ボタンをなかなか押せませんでした。

(書き込んだら)『もう後戻りができない』と思い、なかなか決心がつきませんでした。すぐに書き換え完了ボタンを押さずに歩いたりしていました。10分近くしてからトラックに戻り、ボタンを押しました。

どうせ生きていたって仕方がないと思いました。誰かに気づいて止めてほしかったですが、誰も止めてくれませんでした。知り合いに連絡がいくと迷惑がかかるので、携帯電話の電話帳を消しました。やるしかないと思いました。

加藤被告は「秋葉原で人を殺します。車で突っ込んで、車が使えなくなったらナイフを使います。みんなさようなら」と掲示板の内容を書き換えた。

「書き換えた理由は、事件後すぐに、誰が事件を起こしたのか分かるようにするためでした。

歩行者天国は始まっていました。交差点近くで気が変わりました。はっきりはしないのですが、人が多いので躊躇(ちゅうちょ)したように思います。赤信号で突っ込むことも最初はできませんでした。

(現場近くの)ロータリーを回っても決心はつかなかったです。通り過ぎるたびに『なんでやれないのか』『やらなくてよかった』という思いが浮かびました」

加藤被告は犯行直前に現場付近を周回する際、走るルートを変えていた。この理由は「タクシーの運転手が見ていたから」だった。

「事件のあった交差点に近づいたときに、車が1台トラックの前に入りました。いったん減速しかけましたが、追い越そうと思いました。『えーい』という感じで自分を後押しするような感じで車を追い越して、自分の体感では時速40〜50キロくらいで交差点に突っ込みました。

赤信号で突っ込みましたが、前方に2人の人がいるのが目に入りました。交差点には50人くらいがいるように見えましたが、かまわず直進しました。ブレーキを踏んだりはしませんでした。『ドン』『ガシャーン』と音がして、ぎょっとしてフロントガラスを見ました。

トラックを止めて、リュックをあさってナイフを取り出そうとしましたが、気が変わって持っていかないことにしました。右の腰のベルトのナイフを右手に持って運転席から降りました。交差点に向かって走っていきました。

交差点に走っていき、白い服の人をナイフで胸か腹を1回刺しました。その後覚えているのは、交差点で青い服の警察官のような人が背中を向けていたので、斜め後ろから背中を1回刺しました。

交差点から(JR)総武線のガードに走っていくときに、白っぽい服の人の胴体をナイフで刺しました。
ほかにも人数ははっきりはしないのですが、刺した人がいたように思います。手が届くあたりの人をナイフを出して刺しました。何人かは分からないです。はねた人も2人は間違いないですが、それ以外は覚えていないです。

(現場では)クモの子を散らしたように人が逃げていきました。交差点の中で大柄な人が口に手をメガホンのようにあて、逃げるように言っていました。
追いかけてきた警察官と向かい合いました。『撃つぞ』といわれ怖くなり、ナイフをその場に落としました。そして逮捕されました。

なんてバカなことをしたんだろうと思います。大きな事件を起こすことを考えていましたが、全然うれしくありません。反省しています。でも、どう言葉で言っていいのかは分からないです」

さらに、逮捕後の加藤被告の心境を記した供述調書を、一問一答形式で読み上げた。

問「やったことについてどう思っているのか」
答「被害者に申し訳ない。友達にも迷惑をかけて申し訳ないと思っています」
問「被害者にどう申し訳ないと思っているのか」
答「知っているわけでも恨みがあるわけでもない他人なのに、自分の都合で事件に巻き込んでしまい申し訳ないと思っています。今できることは正直に話すことだけです。どんどん話したいと思います」
問「友達に申し訳ないとはどういう意味?」
答「自分のせいで関係ないのにマスコミが押しかけたり警察に調べられたり迷惑をかけました。職場の同僚も同じようなことになっているのなら、申し訳ないと思っていることを付け加えてほしいです」
問「父、母、弟についてはどう思っている?」
答「正直言って、謝る対象という意識がなかったです。今は言葉になりません。父、母、弟とは疎遠で、私が起こしたことに謝罪しようという気持ちはありません。ほかに言うこともありません」
問「今現在のあなたの気持ちは?」
答「今回の事件がどうなれば解決になるか考えていますが、私が捕まって解決になるわけではありません。どんなに反省しても、被害者が生き返るわけでもけがが治るわけでもありません。
事件から逃げないで、正直に思いだすこと。それが自分がやることです。自分は死刑になるだろうと思っています。でも自分のことを考えるのではなく、本当のことをしゃべることが自分のやることだと思っています」
問「それ以外には何かあるかな?」
答「とにかく申し訳ないとしか言葉が出ないです」

続けて、検察官は加藤被告が両親への気持ちについて検察官に対して「ウソをついた」とする供述調書を読み上げた。

「以前検事さんに『父や母は謝る対象ではない』などと話しましたが、本当の気持ちとは違います。ウソをついていました。ごめんなさいと、謝りたいと思ってます。

父や母に大人になってからもお金のことで世話になっていると気づきました。(父母を)利用していたのに、悪いかのように話して隠している自分がすごくイヤになり、泣いてしまいました。

父母にひどい目にあい、思い通りにならなかった不満は、今もあります。ですが、大人になって借金を肩代わりした父母に恩義を感じています。

秋葉原の事件を起こし、バカ息子で迷惑をかけてごめんなさい。このことを隠して、強がりや見栄で責任転嫁したいという気持ちからウソをついていました。責任転嫁で引っ込みがつかなくなり、事件を起こしたところもあることも正直に話したいと思います」

◆動機は「悩み、苦しみをアピールするため」「ネット住人への復讐」とも
男性検察官による加藤智大(ともひろ)被告(27)の供述調書の読み上げが続き、加藤被告が捜査段階で供述した犯行の動機や背景が述べられていく。

「6月いっぱいで仕事がなくなるとわかって投げやりになり、派遣先の工場でつなぎがなくなったことに腹を立て、やけになりました。これまでの人生のうっぷんがダムが決壊するように出てきて、事件を起こしてしまいました。

悪いことだと分かっていました。事件を計画していることに気づいてほしい、気づいた人に止めてもらえないかと思い、携帯サイトに『ナイフを買いました』とか、自分の行動を書き込みました。

(犯行の動機は)一言で言うと、アピールのためです。自分がどれだけ悩み、苦しんでいたか、世の中の人に分かってほしかったのです。人並みに恋愛し、家庭を持ちたかったですが、異性と交際できず、仕事の悩みも絶えませんでした。こうした心境や悩みを分かってほしかったのですが、誰も分かってくれませんでした。

そんなとき職場でつなぎがなくなり、ここでもいなくていい存在なんだと思いました。自分がどんなに悩み、苦しんでいたかをアピールしたいと思い、事件を実行しました。

6月5日につなぎがなくなっていたことをきっかけに、事件を起こすことで人間関係に悩み、苦しんでいたこと、ネットで私を無視した人にアピールしてやろうと思い、事件を起こしました。

大きな事件を起こすことで、ネットの人に驚いてもらい、存在をアピールしたいと思ったのです。復讐したいとも思っていました。ネットの人たちに、私の書き込みを無視したからこういう事件が起きたのだと思わせたかったのです。

続いての調書では、加藤被告が(平成20年)6月8日に秋葉原に着いてから、事件を起こすまでの行動が述べられた。加藤被告は警察官に対し、ナイフを振り回したりした記憶はないと供述し、逮捕後の万世橋署の取調室では泣いたという。

やらなければよかった。自分がしたことを悔やんでいます。まだ若い人の未来をつみ取ってしまった。申し訳ない気持ちがあるが、どう伝えていいのかわからない。バカなことをしたと思っているし、何と言っていいのか分からない。処罰を受けるのは当然だと思っています」

◆「自虐的」「未熟で子供っぽい」「被害的」… 精神鑑定結果
裁判長「すでに採用決定がなされている甲の98について同意部分の取り調べを行います」
検察官「甲98号は、鑑定人××作成の精神鑑定書です。本体と別紙1〜9で構成し、別紙部分について不同意があります」

鑑定は、16回各3時間の個人面接、頭部MRI、身体検査、両親の面接などが実施された。

「被疑者は、犯行当時、有利な所見や症状があったとは認められなかった。

あらゆる精神障害を検討し、精神遅滞や解離性障害などより広義の精神障害などの診断も検討したが、いずれも該当しなかった。

被疑者は、成育課程において、親への信頼感や家庭への帰属感を持てずにいた。

高校や望んで進んだ短大でも成功体験を得られなかった。家族とは、一時関係が修復したが、平成19年夏ごろに両親に離婚の話があった。

恋愛や周囲からの孤立感を深め、ほとんど不満を他者に相談しようとせず、唯一の不満のはけ口を携帯の掲示板に没頭するようになった。

たまたま(事件の)3日前に(勤務先で)つなぎが見あたらないことに端を発し、自分になりすます者や、発言を邪魔する人たちに向けて、嫌がらせがどんな結果を生むか思い知らせようとした。

被疑者は、不満を鬱積(うっせき)させて、一気に暴発させる精神行動が学童期から見受けられる。

続いて、加藤被告が犯行の一部について記憶がないとされていることに言及した。

「単なる記憶の不鮮明であって、思考や行為をしていた時点ではハッキリしていた。十分に周囲の状況を把握し、自らの自発的意志で行動しているのは明らか。
被疑者が無我夢中の状況を示唆するものであって、重い乖離(かいり)障害など深刻な病理はないし、刑事責任能力とは全く異なる。
単に制御能力から判断してみても、立てた計画をもとに行動し、その課程には了解可能な逡巡も認められる。

供述態度も冷静で、理路整然とし、分からないことは分からないと述べることもできる。現在までの供述内容は全般的に信頼できるものと思われる。

続いて加藤被告の心理検査の所見を読み上げる。

「標準以上の知能を有している」
「極端な能力の落ち込みは認められない」
「発達障害を懸念する材料はない」
「意識的にしろ無意識的にしろ、自虐的に見ようとする傾向がある」
「他者への思いやりに乏しい」
「未熟で子供っぽい」
「基本的に周囲からひどい仕打ちを受けていると感じ、被害的である」
「社会的不適応を起こしやすい」
「本人にとって不満のない環境なら熟考する長所を発揮するが、そうでなければ独善的で援助を求めにくい傾向が示唆される」
「母を元凶としてとらえているようである」
「葛藤(かっとう)場面で常識的な反応と異なる反応をする場合がある」
「欲求不満であることが限界に達すると、自分か他者に不満の矛先を向ける可能性がある」
「精神疾患を積極的に示唆する反応はなかった。現在は事件の後悔などで抑鬱(よくうつ)的状態にはある」
「脳波検査で明らかな異常はなかった」
「頭部MRIで異常所見なし」
「血液尿検査で異常所見なし」

「3日前から準備をしており計画性がある。犯行時の行動は瞬時の行動ではない。被疑者はもともと明るい性格だが、根底では自信に欠け、思い通りにならなければ、暴力的になることがある。この元々の性格が基盤となって事件を起こした。犯行時の精神状態と、普段の性格に断絶はなかった。

供述で事件の説明や反省を述べていることは、犯行時に自分の行動を理解していたことを示唆している。

健忘症の所見は認められない。『今から思えば、よく覚えていない』というものにすぎない」

次回公判は9月14日午後1時半から、103号法廷で開かれ、××鑑定人への尋問が行われる。 

http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/100804/trl1008041148004-n1.htm
http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/100804/trl1008041201006-n1.htm
http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/100804/trl1008041323008-n1.htm
http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/100804/trl1008041341011-n1.htm
http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/100804/trl1008041539012-n1.htm
http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/100804/trl1008041614013-n1.htm
http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/100804/trl1008041630014-n1.htm
http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/100804/trl1008041722015-n1.htm

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