2008年12月19日

小林薫「奈良女児誘拐殺人事件」


「奈良女児誘拐殺人事件」

小林薫死刑囚

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奈良の女児誘拐殺人で再審請求申し立て
小林死刑囚
奈良市で平成16年11月、小学1年の女児=当時(7)=が誘拐され、殺害された事件で、殺人など8つの罪に問われ、自ら控訴を取り下げ1審の死刑判決が確定していた小林薫死刑囚(40)が、奈良地裁再審請求を申し立てたことが18日、分かった。地裁は同日、請求を正式受理し、奈良地検に通知した。今後地検の意見を聞いたうえで、再審が必要かどうか決定する。

請求は今月17日付。小林死刑囚が収監されている大阪拘置所から同地裁に郵送された。

小林死刑囚は1審の奈良地裁での公判で、「死刑を望む」と供述したほか、裁判長あてに、死刑を望む意向を強調する手紙2回にわたって出した。18年9月に同地裁が死刑を言い渡し、弁護側は即日控訴したが、同年10月、小林死刑囚自身が控訴を取り下げて判決が確定した。

一方で小林死刑囚は、地裁の審理に強い不満があったとみられ、今年に入って実施された「死刑廃止国際条約の批准を求めるフォーラム90」のアンケートに「警察供述調書を頭から信じ、いいかげんな審理の末死刑判決を下した」と回答していた。

控訴取り下げをめぐっては、大阪弁護士会の別の弁護士が無効を申し立てたが、最高裁は今年7月、控訴取り下げを有効と認めた大阪高裁の決定を支持し、この弁護士の特別抗告を棄却していた。
(2008.12.18 産経ニュース)
http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/081218/trl0812182311023-n1.htm

〈 裁判関連記事 〉

小林薫被告に死刑判決
奈良市立富雄北小1年、有山楓(かえで)ちゃん(当時7歳)が2004年11月、誘拐殺害された事件で、殺人、わいせつ目的誘拐など八つの罪に問われた毎日新聞販売所の元従業員小林薫被告(37)の判決が26日午前、奈良地裁であった。

奥田哲也裁判長は「血も涙もない冷徹な犯行で、非人間的」と求刑通り死刑を言い渡した。弁護側は控訴する方針。

奥田裁判長は、主文の言い渡しを後回しにし、犯罪事実について、検察側の主張をすべて認定した。

動機をわいせつ目的で、誘拐したと認め、「身勝手きわまりなく酌量の余地は微塵もいない」と述べ、争点の一つだった殺意形成時期「自室に連れ込み、風呂場で抵抗されるまでの間」とし、確定的殺意があり、咄嗟(とっさ)の殺意という弁護側主張を退けた。

さらに、「純粋むくな女児の性格を利用した犯行は巧妙かつ冷徹で極めて執拗(しつよう)で残忍」と指弾。
女児を殺害後、両親に画像をメール送信するなどの行為について、「反省しないばかりか、血も涙もない非情な犯行」と断じた。

「無限の可能性があったが、人生を楽しむことなく7年の短期間で終えなければならなかった無念さは察するに余りある」と女児の思いにも触れ、「愛するわが子の命を理不尽な形で奪われた怒りや無念さは計り知れない」と両親の気持ちを代弁し、極刑を望む遺族感情に理解を示した。

そのうえで、最大の焦点だった死刑適用について、最高裁が判示した死刑適用の目安である永山基準に言及。
「残忍性、結果の重大性、犯行後の悪質性、被害感情の深刻さ、社会的影響を考えれば、刑事責任は極めて重大」と述べ、女児を狙った2度の前科があり、常習性が根深いとした上で矯正の可能性も否定。さらに結果を示す被害者数に触れ、「数だけをもって死刑を回避すべきではない」とした。
(2006年9月26日 読売新聞)

「同じ事起きる」と判決批判―弁護人
死刑判決を受け、「控訴する」と語る弁護人の高野嘉雄弁護士。
「裁判は事件の本質に迫り社会に問題提起する使命を全く果たしていない。同じ事が起きる」と批判した(26日、奈良市)
(時事通信社)

小林薫被告死刑確定へ 控訴取り下げる
奈良市立富雄北小1年、有山楓(かえで)ちゃん(当時7歳)が2004年11月、誘拐、殺害された事件で、先月26日、奈良地裁で死刑判決を受けた小林薫被告(37)が大阪高裁への控訴を取り下げることが10日、わかった。

この日、弁護人が接見して小林被告の意思を最終確認し、手続きを進めている。

殺害した女児の遺体を傷つけ、その画像を遺族にメール送信した凶悪事件は、遺族への謝罪の言葉がないまま、死刑判決が確定する見通しとなった。

小林被告は、判決前も弁護人に対して、控訴に反対の意向を伝えていたが、弁護人が「判決は、事件の本質に迫っていない」として控訴。判決直後に弁護士が接見した際は、いったんは小林被告は控訴については同意していたという。

しかし、先月末になって、小林被告は「楓ちゃんの命日までは考えさせてほしい」などと関係者に話し、控訴の取り下げの意向を示唆していた。

「控訴を取り下げます」
同日午前9時、奈良少年刑務所で、小林被告は接見した主任弁護人に告げた。

弁護人によると、「控訴の取り下げはいつでもできる。あなたが、なぜ犯罪を起こしたのか、なぜ小児性愛になったのか、それを手記にして書くべきだ」と約1時間にわたって翻意を促したが、小林被告は「それは無意味だ。世の中は変わらない」と話し、取り下げの決意は変わらなかった、という。

奈良地裁の裁判でも、小林被告は「自殺する勇気もないので、死刑を言い渡してもらって死にたい」との発言を繰り返していた。

9月26日の判決を受け、両親は「『死刑』を下されたからといって、幸せな生活が戻るわけではありません。この死刑判決を、少しでも真摯(しんし)に受け止めてもらいたいです」とコメント。

最高裁によると、1966年以降、1審で死刑判決を受けた被告が控訴を取り下げて刑が確定したのは計23件。2003年9月には、大阪教育大付属池田小の児童殺傷事件で、宅間守・元死刑囚(04年9月に死刑執行)が取り下げた。
(2006年10月10日 読売新聞)

「命日までに執行を」
小林死刑囚が法相に手紙
奈良市の女児誘拐殺人事件で死刑判決が確定した小林薫死刑囚(37)が、被害女児の命日までの死刑執行を求める長勢甚遠法相あての手紙を書いたことが11日、分かった。16日に投函する意向という。

10日と11日に面会した臨床心理士の長谷川博一・東海女子大教授が明らかにした。女児が殺害されたのは2004年11月17日。

長谷川教授によると、11日の小林死刑囚は柔らかい表情で自分から話すことも多く、「命と引き換えに償うしかない」「命日までにけじめをつけたいので手紙を書いた」と話したという。

また小林死刑囚は毎日経本を読み、数珠を手にして女児の冥福を祈っているという。

校内児童殺傷事件の宅間守元死刑囚や幼女連続誘拐殺人事件の宮崎勤死刑囚とも面会したことがある長谷川教授は、小林死刑囚について「ほかの2人と違い、悪いことをしたということはしっかり認識している」と話した。
(2006年10月11日)

控訴取り下げ有効確定
奈良市で04年に起きた小1女児誘拐殺人事件で、自ら控訴を取り下げたため死刑が確定した小林薫死刑囚(39)が控訴審を開くよう求めていた問題で、最高裁第三小法廷(那須弘平裁判長)は、小林死刑囚の特別抗告を棄却する決定をした。7日付。控訴取り下げは有効で、死刑確定が改めて確認された。

小林死刑囚は06年9月、奈良地裁で死刑判決を受けた。当時の弁護人が控訴したが、本人は翌10月に取り下げた。しかし、07年6月に新たに弁護人を選任し、控訴審の期日を指定するよう求めていた。

奈良地裁は今年4月に申し立てを退け、大阪高裁も5月に抗告を棄却したため、弁護側が不服として最高裁に特別抗告していた。
「控訴を取り下げた際に弁護人が存在していなかったのは、被告による弁護人の依頼権を保障した憲法に反する」などと訴えたが、第三小法廷はこの主張を退けた。
(2008年7月9日 asahi.com)
【付記】
07年2月に新たに選任された弁護人は「1審の弁護人の効力は控訴で失われており、弁護人不在状態での取り下げは違憲。小林死刑囚は追い詰められた精神状態で、判断に必要な能力を欠いていた」と主張。
奈良地裁、大阪高裁とも「精神障害は認められない」と申し立てを退けたため特別抗告したが、小法廷は「判例から違憲主張に理由がないのは明らか」と退けた。

〈 関連記事 〉 ↓

小林被告、裁判長あてに死刑懇願の手紙
奈良地裁死刑を求刑された元新聞販売所従業員、小林薫被告(37)が6月26日に奈良地裁で裁判が結審した直後奥田哲也裁判長あてに2回死刑を望む手紙を出していたことがわかった。
地裁側は小林被告の弁護人に手紙を送り返したという。

主任弁護人の高野嘉雄弁護士によると、手紙には「死刑にしてほしい」「更生する自信がない」などと書かれていたという。

高野弁護士は「小林被告は自分の思いを表現するのが下手。人の命をあやめたことは自分の命で償うしかないと思っている」と話す。

小林被告と文通している月刊誌「創」の篠田博之編集長によると、裁判長への手紙は6月27日と7月10日に、勾留(こうりゅう)中の奈良少年刑務所から出された。

小林被告は公判でも「死刑にしてほしい」と訴えており、改めて手紙で念を押す行為を、篠田編集長は「自分をつまはじきにした世の中への未練を断ち切るため」とみている。
(2006年09月22日)

犠牲となった有山楓ちゃんの両親の手記
小林被告により控訴が取り下げられ、死刑が確定しました。
事件から約1年11カ月、小林被告の口から直接謝罪の言葉を聞くことはありませんでした。
今更、楓にも私達にも、謝罪して欲しくありません。
なぜなら、謝罪の言葉を聞いたからと言って、楓が帰ってくるわけではないからです。
これから死刑が執行されるまでに、小林被告には自分の犯した罪を後悔し、苦悩してもらいたいです。
私達の希望であった「極刑以上の刑」が下されたかどうかは分かりませんが、今後、小林被告により、他の子供達が楓と同じ被害を受けることはありません。
二度と、私達のような悲しい思いを誰もしない世の中になる事を心より願います

小林死刑囚、謝罪の手紙
両親受け取らず
奈良市の女児誘拐殺人事件で死刑が確定した小林薫死刑囚(37)が、被害者の女児(当時7)の両親あてに「霊界というものが存在し、お嬢さんに会えたら、心から謝りたい」手紙を書き、弁護士に送っていたことが4日、分かった。

弁護士は小林死刑囚の意向を受け、奈良県警の被害者対策室に対し両親に届けてくれるよう依頼したが、両親から受け取りを断られたという。

弁護士によると、手紙は直筆で便せん2枚。公判中に謝罪しなかったことを「(両親の)意見陳述を聞き涙が出ていたが、マスコミに見られないようふてぶてしい態度を取っていた。謝罪の気持ちを表したくてもできなかった」と説明。

「わたしがこの世からいなくなっても、お嬢さんが生き返るはずもなく、わたしへの怒りは収まらないでしょうが、ただ刑の執行によって罪を償うしかない」などとし、最後に「心から謝りたい」と結んでいる。
(2006年11月4日 共同)

〈 事件概要 〉
2004年(平成16年)11月17日午後1時過ぎ、奈良県奈良市学園大和田6丁目に住む会社員の有山茂樹(当時30歳)の長女で富丘北小学校1年生の楓ちゃん(7歳)が授業を終え、約1.4キロ離れた自宅まで歩いて帰る途中で行方不明になった。

楓ちゃんが車を運転して近づいてきた男と言葉を交わし、その車に乗ったのを下校中の女児が目撃していることが分かった。

午後8時過ぎ、楓ちゃんの携帯電話を使って『娘はもらった』というメールが楓ちゃんの母親の携帯電話に届いたが、そのメールには楓ちゃんらしき女児の死体の写真も添付されていた。

翌18日午前0時ころ、奈良県平群(へぐり)町の道路脇側溝に女児が倒れているのを通行人が見つけ、110番通報した。警察の調べで楓ちゃんと判明した。
死因は水死で、犯人は楓ちゃんを溺死させたものと見ていた。遺体に付着していた毛髪から犯人の血液型はB型と判った。

楓ちゃんの携帯電話にはGPSがついていたことから犯人が母親に送ってきたメールの発信地は半径5キロ圏内と判明した。

12月14日未明、再び、犯人から楓ちゃんの携帯電話を使って『次は妹をもらう』というメールが楓ちゃんの母親の携帯電話に送りつけられてきたが、そのメールには妹の写真と新たな楓ちゃんの写真が添付されていた。

2回目のメールが送られてきたあと、携帯電話会社の通信記録を調べた結果、ついに犯人へとたどり着く。

12月30日、奈良県三郷町に住む毎日新聞配達員の小林薫(当時36歳)が逮捕された。小林の自宅マンションから楓ちゃんの携帯電話やランドセル、ジャンパーなどが見つかった。

◆ 小林の供述による経緯
新聞配達が休みの日、女児を連れ去ってイタズラしようと友人から借りた車で物色していたが、たまたま1人で歩いていた楓ちゃんに「送ってあげる」と声をかけ、自分のマンションに連れ込んだ。
そのあと、宿題の手伝いをしたが、午後4時ころ、風呂場に連れていきお湯に顔をつけて溺死させた。

それから服を脱がせ、体に傷をつけるなどをしたあと、死体を遺棄。世間を驚かせてやろうと思って楓ちゃんの母親にメールを送った。騒ぎが大きくなり満足だった。

小林には幼児への強制わいせつ罪で2度の逮捕歴があった。
1987年(昭和62年)、箕面(みのお)市で幼稚園児8人にわいせつ行為をしたが、初犯ということで執行猶予付きの判決だった。
2回目は1989年(平成元年)、大阪市内の公団住宅で5歳児の女児の首を絞め、殺人未遂で逮捕されて5年の刑に服している。

出所後は、トラック運転手や産経や朝日などの新聞販売所を転々とし、2004年(平成16年)7月から奈良県河合町の毎日新聞販売所で働いていた。

小林は犯行後、楓ちゃんの携帯電話から自分の携帯電話に画像を転送していたが、その画像を行きつけの居酒屋のママやスナックのホステス、部屋に呼び寄せたデリヘル嬢にも見せびらかしていた。

逮捕された小林は反省の態度を一切見せず、「悪いことをしたとは思わない。宅間(2001年6月8日、大阪教育大附属池田小学校で児童8人が殺害された事件の犯人/2004年9月14日、大阪拘置所で死刑執行)のように死刑になってもかまわない」と言った。
(無限回廊参照)

※この記事へのコメント

小林死刑囚が再審請求申し立て?
死刑執行を強く求めていたのに、いまさら「地裁の審理に強い不満」とはどういうことかな。
shadow9さんが言われていた、死を覚悟した者への似非人権派の安易な行動に迷いが生じたか?
Posted by 天馬 at 2008.12.19. 02:02
似非人権派が何を入れ知恵したかわかりませんが、これにより、ご遺族の方々の傷口をまた広げたんですね。
これにより、自分の罪に向き合おうとした死刑囚の心を乱した。
「人権」とは何か、考える事のできない奴ら、いい死に方したら許さない。
Posted by イタチ at 2008.12.19. 02:42
天馬さん
イタチさん
こんばんは。

小林死刑囚が「地裁の審理に不満」をもっていたのは事実かもしれませんが、裁判が始まる前に「死刑」判決を望むという手紙を送り、
公判内容がどうであれ、死刑判決を受け入れて弁護士の控訴を自ら取り下げた。
そして、女児の命日に死刑執行の嘆願も法相あてにだしている。

当時は、面会者にも穏やかな表情で接し、死の覚悟はできていたと思われます。
そこから周囲の接触に弄ばれ、迷いが生じてきたのか。
死刑執行を延ばす手段なのか、「生」への執着が出てきたのか。
今後を注視していきたいですね。
Posted by shadow9 at 2008.12.21. 00:48
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