2005年12月1日、栃木県旧・今市市(現・日光市)の市立大沢小学校に通う小学1年生の女児が下校途中に行方不明となった。
家族が同日中に駐在所に捜索願を提出、捜索が開始されたものの発見に至らず、12月2日、栃木県警は公開捜査に踏み切った。そして翌2日、自宅から60kmも離れた茨城県常陸大宮市の山林で遺体で発見された。
胸を数カ所刺されていたことなどから栃木県警は殺人と断定、県境を跨いだことから茨城県警との合同捜査本部が設置され、捜査が開始された。
人通りが少なく、人目につかない場所であった遺棄現場周辺には、女児のランドセルや衣服などの遺留品が見当たらず、捜索が行われたが、現在も見つかっていない。
今市市から常陸大宮市へ至るルートにあたる国道293号や国道123号、日光宇都宮道路では、検問やコンビニエンスストア・ICの料金所の防犯カメラ・監視カメラの映像チェックなども行われたが、それらしい人物や車は撮影されていなかった。
このため、捜査は行き詰まりを見せているのが現状で、未だに遺留品の発見、犯人の逮捕には至っていない。
週刊新潮2006年11月9日号が報じた処によると、この事件の情報提供に懸賞金が掛けられたのと時を同じくして、警察は東京都千代田区外神田周辺の所謂秋葉原電気街に、数人の捜査員に「アキバ系」の扮装をさせて潜入捜査を行い、人形愛好家のリストの入手を試みたが、成果が出なかったとの事である。
週刊新潮は捜査関係者の談話として、犯人が被害女児の遺体を隠そうとせずに遺棄していた事から、犯人がフィギュア愛好家ではないかという見方が出たという事を報じた。また、北芝健などは『報道ステーション』のこの事件の特集にて(事件発生が平日の昼間ということもあるが)「犯人はニート・フリーター」と発言をするなど、誤解や偏見から生まれた報道が見受けられた。
両親が手記
栃木県今市市(現日光市)の小学1年、吉田有希ちゃん(当時7歳)が05年12月、下校途中に行方不明になり、茨城県常陸大宮市の山中で遺体で見つかった事件は、未解決のまま12月1日で3年を迎える。「今からでも遅くない。一日も早く人としての理性をとりもどし、願わくば有希の墓前で詫(わ)びてほしい」。正信さん(44)、洋子さん(41)の両親は28日、栃木県警を通じて、いまだ癒えることのない悲しみをつづった手記を公表した。
有希ちゃんは行方不明になった翌日、約65キロ離れた常陸大宮市の山林内で見つかった。胸に十数カ所の刺し傷があった。栃木、茨城両県警の合同捜査本部は延べ計約19万6000人の捜査員を動員したが、事件解決に結び付く有力な手がかりは得られていない。
(略)両親の手記全文(原文のまま) (2008年11月28日 毎日新聞)
有希がお星さまになって3年の月日が流れようとしています。
有希の命を奪った犯人は今どこで、どんな生活をしているのでしょうか。
刑事さんたちが、毎日、大変な思いで捜査を続けているにもかかわらず、何食わぬ顔で平然と生活しているのかと思うと、今また悔しさがこみ上げてきます。犯人は、わずか7歳だった有希の小さな胸を刃物で何度も刺したうえ、裸にして、厳寒の山の中に遺棄したのです。
このような犯人を神様が許すはずがありません。私たちは、いつの日か必ず犯人は捕まると信じています。
先日、埼玉と東京で連続して起きた殺人事件の犯人が警察に出頭したと報道されました。詳しい事情はわかりませんが、ほんのわずかでも犯人の後悔の気持ちが生まれたのではないかと私たちは思いたいです。そうでなければ、亡くなられた被害者の方々が浮かばれません。
有希の命を絶った犯人はどうなんでしょう…あれから3年、犯人に気持ちの変化はないのでしょうか…。 今からでも遅くない。一日も早く人としての理性をとりもどし、願わくば有希の墓前で、すまなかったと詫びてほしいのです。それは有希のためでもあり、犯人自身のためでもあるからです。いずれにせよ、どんな形であっても幼い子供や何の罪のない人が犠牲になるような事件が二度と起きないことを願ってやみません。
吉田正信
洋子
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081128-00000014-maip-soci
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